シンプルライフとガジェットのブログ

シンプルライフを目指しつつ、ガジェットも好きなんです

radikoを車で聞く理由

スマホのアプリ「radiko」を使っている人は多いと思います。

私はかなり使っている方だと思うのですが、車でも使うことが多いです。車にはラジオがついているのですが、あえて「radiko」を使うことのメリットは大きいのです。

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まず、音がとぎれない

電波の状況が悪い場合でも、通信は可能なことが多いので、トンネルでも切れないのです。


2つめは、音がクリア

私はAMラジオが好きなのですが、AMは音が悪い。でもradikoでは音がクリアで、FM並。音楽も気持ちよく聞くことができます。


3つめは、タイムフリーで何時でも聞ける

radikoのタイムフリー機能はいつでも好きな番組が聞けること。主に深夜の番組が好きな私は、翌日の通勤や帰りに深夜番組を聞きながら帰ることも多いのです。

タイムフリーは一度ダウンロードすると3時間の間に聞かなければならず、ダウンロードは一度しかできません。制約も多いこの機能ですが、一週間分のデータが保存されており、好きな番組が何時でも聞けるのは、テレビの全チャンネルを録画しているようなもの。そもそも録画のような設定も不要なのです。


通勤では、イヤホンジャックからカーオーディオのAUX端子にいれ、車内スピーカーから出力しています。ケーブルだって数百円で手には入りますし、ラジオ日経2の番組はほとんど音楽ですから、車内で有線放送が聞けるようなもの、車では音楽がいいと言う人も楽しめます。


気になるのは、通信費ですが、私は格安SIMを使っています。音声データというのは比較的データ量としては少ないわけですが、1時間2時間と使う場合はそれなりの通信量となります。


ですが、私の使っている格安SIMは、低速モードがあります。これは通信スピードをかなり低速に押さえる機能なのですが、これで通信したときのパケットはカウントされない仕組みなのです。radikoの通信スピードはこの低速モードで十分にいけるのです。したがって毎月の通信量を消費することなく楽しめるわけです。


そもそも、ラジオなんか聞かないという人にはメリットを感じられませんが、とりあえず試してみてはと思うのです。たまにはいいですよ、ラジオ。


テレビを壁掛けにするか、台に置くか

現在使用中のプラズマテレビの調子が悪い。突然真っ暗になる。10年弱の使用期間だがもう寿命のようだ。

修理という選択もあるが、現在のテレビ価格を考えると買い換えた方がよいだろう。しかもプラズマはパネルヒーター並に熱を発する。いかに省エネではないかが実感できる。

もうプラズマの時代は終わったのだ。


そこで、液晶テレビを新規に設置をしたいと思うのだが、現在のプラズマはパナソニック製で専用の台に固定され、本体と一体になっている代物である。他に転用はできない。

壁掛けにするのか、新たなテレビ台を設置するのかだが、それぞれのメリットデメリットがある。


壁掛けメリット

1 見た目がスマート

 言うに及ばず、そのとおりである。

2 安全

 小さい子供がいる場合は、台に置くだけだと転倒の危険がある。我が家の子供もわんぱくなので少し心配。


壁掛けデメリット

1 工事が必要

 裏地がしっかりしていないとなので、柱から柱までをわたるような板を打ち付ける必要がある。

2 高コスト

 前述の通りなので、もちろんお金も高くつく


台の設置メリット

1 コストが安い

 台を置くだけである。当然安い。

2 好きなデザインを選べる

 多種多様な製品の中から選択が可能である。部屋にあったデザインを選べる。


台の設置のデメリット

1 安全性の不安

 子供がぶつかって転倒の危険性がある。大けがをすれば、コストは高くつく。

2 スマートさに欠ける

 壁掛けのようなスマートさはない。デザインも部屋にマッチするかどうか、置くまでわからない。


結局、壁掛けと台設置は相反する結果となる。

自分としては壁掛けとしたいところだが、コストと仕上がりに満足できるのかどうか不安である。


第3の選択支もある。

「テレビを置かない」である。

シンプルライフの一歩前進だ。俺はなくてもよいけど家族がね。


ケンジントンのトラックボールを会社で使う

「オービットトラックボールウィズスクロールマウス」長い名前のトラックボールケンジントン社製の比較的安い商品だ。

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Amazonでは4000円弱で販売している。これを会社で使っている。

会社では2台のノートPCを使わなければならないので、マウスも2つということになる。

しかしマウスを利き手である右に2つ配置すると、どっちがどっちのマウスかわからないわけだ。

では、マウスを左右に配置し、左のPCは左のマウスで、左手で使ってみたが、やっぱりうまくいかない。

そこでこれを使うことを考えた。操作スペースの不要なトラックボールを使うことに決めたが、ほかにも条件がいる。


1 左右対称のデザイン

 左のPCには左に置くと決めていたので、左手でも使いやすいものとなるが、当然左右対称となる。


2 拡張機能なしで使う

 会社のPCなので勝手にソフトをインストールできない。高機能や多機能な多ボタンのものは当然拡張機能用のソフトを入れなければならないため、不可となる。まあ、使わなくてもいいとすればいいのだが、使えないのにボタンがあるのは、気分良くないわけである。


3 デザインが地味

 会社で使うので、あまり目立って欲しくない。


ということで、ケンジントンのこれと相成った。

肝心の使い心地であるが、最高である。しばらくは慣れが必要だったが、1ヶ月も使うと本当によかったと思えた。


第一条件だった左に置くことだが、当然マウスを間違って握ってしまうことはなくなり、動きに無駄がなくなった。

しかも2台PCがあるデスクは狭い。トラックボールはスペースがミニマムでも問題なく運用できる。

メンテナンスフリーでマウスパッドは要らない。スクロールリングも気持ちよく動く。


買ってよかった、使ってよかった。トラックボール最高。

今度は、右のPCマウスもトラックボールに変更したいと考えている今日この頃である。

モノを持たず、シンプルに

気がつくとAmazonで物色している自分がいる。何かほしいモノはないだろうかと。
ほしいモノのがあるが、売っているのだろうかではない。それほどモノが増えているわけではないが、最近は減っていない。
ずいぶん自分の周りは減っているのだが、妻のモノは増える一方だ。そのほとんどが服である。
どうしてこんなに服が要るのだろうかと思うわけだが、要るから買うんではない。欲しいから買うんである。
服は結構かさがある。タンスももういっぱいだし、これ以上タンスは買いたくない。

モノを減らすなど夢のまた夢なのだろうか。
とりあえず自分のモノからだ。本を売ろう。気に入っている本をだ。

育ての心

自然と育つものを育てようとする心、それが育ての心。

この言葉を聞いて自然と涙が出そうになった。息子を入学させようとしている幼稚園の説明会で園長先生が語った言葉だ。ある人の言葉である。

私たちは子供を育てようとしている。育てようとする社会が大事であると認識している。

この言葉は、この心によって子供を育てるだけでなく、親や教育者をも育てるのだと言っている。そうかもしれないと瞬間的に感じたのである。

子供たちにご飯を食べさせ、生かせようとしているわけだが、同時に自分が生かされているのと同じように、育てようとしていることが自分を育たせている。

言葉にすればごく当たり前のように感じる。

しかし、現実はそうでもない。忙しい毎日、時間のないなか家事をやり、ご飯を作り、風呂に入れ、寝かせる。この繰り返しである。時に、いや毎日のように子供は言うことを聞かず、私たちを困らせる。

そうしたなか、やっぱりこういう思いがよぎる。「あなたたち育てているのは私たちだ。言うことを聞け!」と。

確かにそうなのだが、それだけではない。わたしたちもそんなことを通じて育てられているのだと。そんなことを気づかせてくれる言葉なのである。

この言葉にはもっと深い思いが込められているのだろう。でも今は、気づかせてくれた。

これからの一歩なのだ。


フリクションボールペン、使いまくったら1ヶ月でインク切れしました

高橋手帳№69を手に入れて、一緒に運用している、消せるボールペンのフリクション

手帳はもちろんのこと、仕事でも使いまくっていたら、1ヶ月でインクが切れました。

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もともと、手帳に書くことに最適と思い買った次第ですが、日頃仕事でもシャープペンシルを多用していたところをフリクションに置き換えて使っていました。

机の上はフリクションとマーカー、赤・黒ボールペンのみとなっており、ずいぶんとシンプルな環境を構築。おかげで仕事もはかどる?ような気がして、惜しみなく使っていたわけですが、ここ1週間ほどインクの濃さが目に見えて薄くなり、「そろそろかな・・・」と思っていました。

 

ちょうど1ヶ月で1本となると、12ヶ月で12本となるわけです。アマゾンでは3本入り3セットで860円でしたので、大体1本100円弱、1年で1,200円ほどとなりますかね。

会社のシャープペンシルの替え芯は、タダですから、コストと利便性のバランスをどう考えるのかということになります。

 

しかし、私は当分フリクション自腹で行きます!

やっぱり便利、書きやすい、消しゴムいらず!元には戻れない!

 

フリクションボールペン誕生から、今年で10年とのことですが、いまさら良さに気がつくとは・・・。こいつを上回る筆記用具が誕生するのか?俺はいつまで使い続けるのか?

未知数ですが、とりあえずアマゾンで3本3セット買っておきます。お尻のラバーもまだまだなんともなっていないので、替え芯対応で十分ですね!

牛乳石けんの父親の気持ち

少し前に話題となった牛乳石けんのCMの話なんですけど、やっぱりなんとなく良いと思っています。

父親の態度が良いとか悪いとか、どうあるべきかなど、一般的な模範的な答えはわかっていますが、やっぱり同世代の同じような子供を持つ同じような環境の親父たちにとっては、なんか感ずるものがあるのではないかな。

いつもどうあるべきか、大体はわかっているわけだが、そのことに忠実に行動することが時々難しいときがある。「そうではないはず」とわかっていても、違う行動をとってみたくなるときがあるのだ。

そんなことを、山と谷を登ったり降りたりするように考えながら、でもそんな行動は起こさず、ただ気持ちが落ち着くのを待ってまた日常のあるべき行動に忠実に守っていくことになる。

それでもそのリズムを繰り返していくと、時々行動に移してしまうことがある。「たまには良いじゃないか」って。

思い切って、妻の批判などものともしないぞ!ってな気持ちで行動してみる。後で訪れる悲惨な結果が待ってみようとも、わかっていてもやってしまう。

それがあのCMにでてくる父親の行動のような気がする。

でも、実際にやってみると、実につまらないことなのである。放っておかれた家族は大迷惑なわけで、だけどその分楽しかったり、達成感があったりするわけではないのだ。「大して楽しくないかな・・・」、「こんなものかな・・・」な感じである。

結局、家族と一緒にいる時間が、良いというか、当たり前なんだというか、でも毎日の努力は必要というか・・・。

やっぱり、この日常が俺のいる場所なんだという自覚が出てくる。家族を養っているのではなく、自分が生かされていることに気づく。

ちょっと寄り道したけど、やっぱり自分の場所なんだと。

いろいろな意見がありますけど、私はそう感じたのでした。